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平成30年10月7日から10日まで慶賛法要が行われています。
初日、2日目と日曜祭日はあえてさけて今日、参列してきました。
本日は南都諸大寺厳修ということで、南都の各寺の貫主、長老が
一同に会します。
 

中金堂は七回火災(7回の被災の内2回は戦火)で焼失しています。

第1回の大火は永承元年(1046)、以降康平3年(1060)、

永長元年(1096)、治承4(1180)年、(平重衡の兵火)、

健治3(1277)年、嘉暦2(1327)年、
応永18年(1411)に東金堂と、五重搭が羅災。
享保二(1717)年には中金堂と、その都度再建されたが、
礎石は当初から変わっていません。
しかし、今までは藤原氏と国家の手に寄っての再建でしたが、
今回は民衆の寄付によって再建されたと言えます。


最初は南都楽所によって振鉾三節。
思えば、私も今まで東大寺の昭和の落慶法要、法隆寺の平成の大修理、
薬師寺の金堂落慶法要と数々の法要で振鉾を南都楽所の一員として
演じてきましたが、今はこうして参列者として見るのは初めての経験です。
 

「興福寺縁起」に「太政大臣先志を相承し、春日の勝地を(えら)び、興福の伽藍を立つ」とあります。

 中金堂等の主要建物の創建供養が行われたのが714年(和銅7)、
翌年には不比等の霊を弔うため、2人の女帝、元明太上天皇、
元正天皇によって北円堂。
726年(神亀3)には東金堂、730年(天平2)に五重塔、
734年(天平6)に西金堂、平安時代に入って813年(弘仁4)に
南円堂が建立され、不比等の発願から約百年を経て完成しました。
思えば藤原氏の始祖である鎌足は天智天皇8年10月16日に亡くなっていますから
今からちょうど1350年前に亡くなっているわけです。
ですから10月に落慶を迎えるというのは因縁を感じます。
落慶法要が終わって、参加の各寺院の僧侶が興福寺本坊前にて
記念写真です。


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