category:From マスター
いよいよだ。1臈の北村さんが皆を振り替えって、「それじゃ、いきます」と一言。
まず最初に出る手と言って、舞人が独りづつ舞台に上がって、簡単な舞をし、そしてそれぞれに所定の位置につく。
楽の音が1段と高まるような気がする。
ついに私の番、後の3人はそれぞれの場所にもう着いている。
最後のひとりとなった私が舞台中央に進み出て、右足を擦る。
大きく手を広げて寄り、左足を擦って、右足を突く。
自分の体が自分のものでないような動き方。
まさにカチカチ。
やっと出る手を終わって、ぐるっと回って自分の場所に着く。
ふ~。でもこれからだ。
鼓動は高まったまま、くちのかわきもおさまらない。
音取りの後、いよいよ当曲。
この曲はいきなりというか、最初に舞人が動き出す。
普通はある程度曲が進んでから、舞が始まるのに、ゆとりがない。
おまけに向きがころころ変わる。
正面向いて舞うのは最初だけ、後は右左とめまぐるしく向きを変えていく。
あ!!前の村田さんが擦る足を間違えた。
どうしよ!!
このまま自分だけが正しい足を擦ったら、前の村田さんだけが、独り違うことになる。
しかたない。
前に合わせた。
あ~~。
右回りが擦った足が違ったもんだから、左回りになった。
もうわけがわからない。
次はどっちの足を擦れば良いの?
え!え!全員が左向きのはずなのに向かい合わせになってしまった。
1臈の北村さんもびっくりした表情。
私はもう何処を舞ってるのかもわからない。
ただ前の動きを見て体を動かすだけ。
北村さんと、村田さんがなにか合図をした。
いきなり足を擦る。
そして正面向き。
こんな手はなかったはず。
おやおや、腰に手を当てて舞い終わりの姿勢。
まだ曲は、半分くらいのはずなんだけど・・
ところが曲が止め手にはいった。
そして、4人そろって入る手。
ぐるっと回って、独りづつ舞台から降りる。
楽屋まで静かに引き上げる。
幕の中に入ったとたん、汗が吹き出てきた。
村田さん「ごめんなさい。ほんとごめんなさい」
北村さんも「ほんとに向かい合わせになった時、びっくり。どうしよかと思った」
「春野さん良くとっさに合わせたげたね」
「ほんまに、どうしよかと思いました。後はもうめちゃくちゃ、何処を舞ってるのか全然わからんようになって」
「そらしかたないは、ま、おつかれさま」
そこへ笹山さんが、演奏を終えてやってきた。
「おいおいやってくれたな。ほんまにはらはらしたで」
4人そろって「すみません」
「ま、しゃない。あこで切り上げたのは正解かもな。あれ以上続けてたら、春野あたりパニックやな」
「終わったことはしゃ~ない。これからはせいぜい練習することやな」
「はい」
もう、みながっくり。実際合わす顔もないと言う感じ。
あれだけ一生懸命練習を指導してもらったのに申し訳ない。
演奏会が終わってから、皆に散々からかわれた。
あの佐藤さんも、「今日は吹くほうは楽やったは、何時もの半分ですんだもんな」
なんて皮肉たっぷり。
何を言われても返す言葉もない。
その晩はいろいろ考えて眠れなかった。
あくる日足が勝手にマスターの店に。
笹山さんに聞いた、お子さんのことも頭から抜けてしまっていた。
「マスター、もう大失敗」
「舞、うまくでけへんかったんか」
「それが、2臈の人が擦る足間違えたもんやから、後がもうがたがた、私は何処を舞ってるかわからんようになるし、なんやしらんまに、途中で舞を終わってひきあげてしもたんですよ」
「はは、そらちょっと大変やったな。でも初舞台がそれやったら良い経験やんか。それ以上悪いことはこれからはないやろ」
「もう2度とあんな経験はしとないです」
「でも昨日寝ながら考えてたんやけど、そら前の人が間違えたんは悪いけど、あこまでわからんようになったのは、やっぱり唱歌をちゃんとしながら練習してなかったからやと」
「おお、そう思ったか、そう考えたんやったら、この失敗は却って大収穫やったかもな」
「うん、えらい、文字通り災い転じてというやつや、そうやで、曲をちゃんと暗譜して、舞の練習をしてたら、そんな混乱はおこらへん」
なんか雅楽のことを口にするのが悪い気がしてたけど、思わず夢中で話してて、わだかまりが消えてしまった。
それに、マスターも全然こだわりを持ってないみたいだしとりあえず良かった。
そこへドアが開いてお客さんが入ってきた。
「やあ、久しぶりですね、また奈良に暫らく滞在ですか?」
「いや、こんどは2日だけで、来年また暫らく滞在することになります、その時はまたいろいろ聞かせてください」
だれだろ、ちよっと好みのタイプの人。
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category:From マスター
世の中には聞いておいて良かったことと、聞かなければ良かったことがある。
マスターのことはむしろ知らなかった方が良かったかも。
そんな事情で雅楽のことをあまり話したがらなかったとは。
私がしきりに雅楽の話をすることは、過去の痛みを掘り返すことになっていたのではないだろうか。
でも、舞の練習中はむしろ楽しそうだった。
ひょっとして私に娘さんの思いを重ねているのかも。
次から、どう接したらいいんだろ?
舞を褒められたのは嬉しかったけど、少し重い気持ちになった。
11月3日になった。
朝から抜けるような青空。
絶好の舞楽日和。
万葉植物園は紅葉はまだ始まったばかり、まだまだ緑の木々が多い。
それだけ、左の舞の赤い装束が映えるというものだ。
朝からその植物園の池の中にある浮き舞台に板を敷いたり、敷物をその上のかぶせたり、楽屋の幕を張ったり、琴とかの大きな楽器を運んだり、結構やることが多かった。
本殿では朝から明治節のお祭りがある。
そこでも舞楽が1曲奉納される。
だから、そちらの方にベテランの人たちが行っているので、設営はもっぱら若手の仕事。
だから、気が楽で皆でわいわい言いながら作業するのは楽しかった。
準備が終わったらもうお昼。
食事が済んだら、いよいよ装束を身につける。
もちろん、私にとっては始めてづくし。
舞楽の装束は女性用などもともとない。
でも、そこが着物のよさ。
長さとかを調節すれば男女の区別はない。
しかし、女性として舞うわけではないから,言わば男装の麗人かな。
まず白衣の上に下襲(したがさね)、袍、半臂(はんぴ)、忘緒、金帯,差貫、(さしぬき、はかまのこと)赤大口、踏袍懸(ふがけ)、そして履物として糸鞋(しかい)。
これだけを身に着ける。
下襲と袍は後ろに長く伸びて引きずる。
とても一人で身につけられるものではないし、私には順番も付け方も全然わからないから、人形のように突っ立って、よってたかって着せられると言う感じ。
帯をぎゅっと締められて出来上がり。
なんか身動きできない感じ。
最後に頭に鳥甲。左右の視野がぐっと狭められる。
なんかロボットになった感じ。動きもギクシャクする。
大体初めてなんだから一度ちゃんと装束を身に付けて練習したかった。
なんて思っても手遅れ、これで舞えるんだろうか?
どんどん緊張が高まってくる。
最初に例によって管弦が始まる。
その音色を聞いているだけで、なぜか口の中がからからになってきた。
とてもじゃないけど、装束を身に付けた喜びなんて感じる余裕はない。
後の3人も口数が少ない。
とても軽口を言い合う余裕はないみたい。
と言うことは、緊張してるのは私だけじゃないってことか。
でも後の3人はこれが初めてじゃないんだし、北庭楽も何度も舞ってるんだから、私とは緊張の度合いが違う。
管弦が終わった、いよいよだ。
最初に振鉾。
左右の舞人が舞台を清めると言う意味で、鉾を持って舞う。
これが終わったら出番。
前奏が始まった。
緊張感が最高に高まる。
一臈、二臈、三臈、四臈と順番に並んで出を待つ。
わあもう堪えられない。心臓が破裂しちゃう。
category:From マスター
家でも一生懸命練習するんだけど、覚えていないところはどうしようもない。
何とかで出ずに済みますように!
ところが、願いはかなわなかった。
次の練習日、「ごめん奈美、やっぱり無理やねん」
「え~!!」
どうしよ。後練習は総稽古を入れても2回。
でも、代わりはいないし、特別に私のためだけ練習してもらうわけにもいかないし。
「マスター、どうしよ?全然舞を覚えられなくて」
「おや、結局出ることになったの?」
「ええ、2人駄目になって私が出る羽目に」
「でも、ラッキーだね、1年足らずで舞立ちできるなんて、凄いことだよ」
「そりゃ、そうなだけど、でも肝心の舞が覚えられなくて」
「北庭楽やったね。明日は予定は?」
「明日は昼からずっと授業で、朝は空いてますけど・・」
「よっしゃ、そしてら明日朝1番においで、舞思い出しとくは」
「え!!教えてもらえるんですか?」
「う~ん、なんせもなん年もやってないよってに、当てにはならんけど、少しは役に立てると思う」
わ~、ラッキー。あんまり詳しく話してくれないから,わからないけど,雅楽のことは良く知ってるとは思ってたけど、舞ができるなんて思わなかった。
「おはようございます」
「やあ。もう来たんか、こっちももう少し練習しとこかと思ってたんやけど」
「まあ始めよか」
「おやおや、最初からあやふややね、ふ~ん、そしてら、まず手を覚えな話しにならんな」
「あんまり時間もないから、まず拍子で、1,2,3,4.そこで回って、ヅン、ド~。足を突いて」
これまで曲を謡いながらの練習ばっかりだったけど、拍子だけで練習すると手順は覚えやすかった。
「拍子で練習するってわかりやすいですね。
「うん、手順を覚えるのはこの方が頭に入りやすいけど、あくまでも非常手段というか、基本は曲で覚えるもんやよ。ちゃんと頭で整理できたら、曲をつけて練習しよう」
2時間ほどたっぷり練習をしてもらった。
「大分形になって来たな」
「後1回練習しよう、次は何時が良いかな?」
「ありがとうございます。そしたらあさってでもいいですか?」
「わかった、家でも良くおさらいして、わからんとこはわからんて、はっきりさせとき」
最後の稽古日、舞の稽古が終わって笹山さんが。
「よう覚えたな、いや~心配してたけど、これならいける。でも一人でこれだけ覚えるってたいしたもんや」
「実は知り合いの人に教えてもらって」
「へ~、舞を知ってる人がいてたんや、誰や?奈良でそんな人はいてないと思うけど」
「大木さんっていって、喫茶店のマスターです」
「ああ、大木さん」
「知ったはるんですか?」
「先輩や、もうやめて20年ほどになるかな。そやけど、あの大木さんが教えてくてたとはな」
「先輩って、そしたらここでやったはったんですか?」
「うん、笛で左舞、どちらもうまかったな~」
「なんでやめはったんやろ?」
「なんも聞いてないのか?」
「ええ」
「う~ん、話してもええんかな~、まあ、話といた方が良いかな」
「大木さんは、結婚が遅かったんや、そんで、初めての子ができたんが40台の後半やった。
そら、子供をかわいがってな~、また、かわいい女の子やった。
3歳ぐらいやったかな、大木さんが休みの日、稽古日でな、その子がいかんといて駄々こねたんやけど、振り切って、家を出たらその子が追いかけて家を飛び出したんや。
そこへ車が・・・
もう、その後は見てられへんかった。
もう虚脱状態でな。
雅楽もそれっきりやめてしもたんやけど。
そうか、生きてたら春野ぐらいやな」
category:From マスター
「春野」
「はい」
「お前、どうせ出ることはないとおもってるやろ」
「いえ、そんなことありません」
「練習態度見てたら解る、あんな、女子の場合、今練習してるメンバーが左の全部や。男子だったら代わりは何ぼでもおるけど、女子はおらん。せやから、村田さんが出れなかったらメンバーは5人、誰かが都合悪なったら、春野、お前が出ることになるねんぞ、ええカゲンな練習ではあかんぞ」
え~、うっそ。
村田さんが本番駄目やから言うて、こんな展開になるわけ。
私はまだ雅楽を始めて10ヶ月足らずなんだよ。
無理無理。
まだ何にも覚えてない。
でも、ほんのちょっぴり、出たいと言う気持ちが心の隅にあるのは本音。
でも、舞えない。無理。
5月の舞台で小学生の中冨君が周りをちらちら見ながら舞ってたけど、わたしも出たら、あんなのかな?
それはいや、出るんだったら、ちゃんと舞わなきゃ。
でも、無理、頭の中でぐるぐる同じことばかり繰り返していた。
まあ、大丈夫。皆ちゃんと出れるよね。
「ねえ、村田さんってなにしたはるの?」
「保険会社らしいけど、よう知らん、でも仕事は大変みたい」
「ふ~ん。あんまり練習もこれへんのやったら、残業も多いんやろね」
「うん、前に聞いたけど、仕事が忙しかったら忙しいほど、雅楽が大切なものになるんやて」
「どういうこと?」
「私らにはわからへんけど、ようするに雅楽が心の安らぎってことやろな」
「そうか、なんとなくわかる気がする、何時でも好きな時に練習できる私らは、そのありがたみが、あんまりわかってないんかもな
藍子、頑張って練習しよな」
「うん、そうやけど実は私も、あぶないねん」
「え、出れへんちゅうこと?」
「バイト先が11月3日はものすご忙しい日やから、休むことに良い顔せえへんね」
「そんなん、あかんよ!!それこそ就職したら出れへん様になるかも知れへんのに、今しっかり頑張らな」
「解ってるって、そやけど、向こうの事情もようわかるよってつらいねん」
皆それぞれ事情があることが良くわかった、私みたいに能天気にやってるわけやない。
それだけに、できる時に一生懸命やっとかな後悔することになりそう。
よし、頑張るぞ!!せやけど、何にも覚えてへん。
どうしたら、覚えられるんやろか?
でも、私が出ることになるんやろか?
また考えがいったりきたり。
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「もっとしっかり腰を落とさんかい」
「そら、右手の先を見て、今度はその先を目で、いや目だけちゃう。首ごとや、そうそう」
舞の指導は笹山さん、かなり厳しい。
練習が終わったら汗はびっしょり、太ももは、ぱんぱん。
舞がこんなにしんどいもんだなんて知らなかった。
でも、ちょっぴり楽しい。
わたしは何時のことかわからないけど、
本番になったらあの装束を着て舞える。
どんなんだろうな?ちょっぴりあこがれる。
雅楽を始めて、まだ10ヶ月、でもなんか今までの人生にない沢山の経験ができた。
毎日がこんなにも充溢した感じがするのは初めて。
もっと早くから始めてたら、今頃は私はもうばんばん笛も吹けて、舞もできて、なんて想像するけど、逆にこの時期に初めて良かったのかもなんて、思ったり。
舞の練習をしてるメンバーは女ばかりで、例の井上さん、山中さん、村田さん、北村さん、宮本さん。
村田さんは同じ笛、北村さん、宮本さんは篳篥をやってる人。
笙は右舞のとき出番がないので、大体右舞をやるみたい。
右の舞は主に朝鮮から渡来した曲で左は主に中国からもたらされたということで、装束も左は赤色、右舞は緑、腰帯も金、銀。
最初の1歩も左足から、右足からとか細かく対照的になってるらしい。
そして、左舞は笛の譜を歌いながら練習するけど、右舞は拍子だけで練習する。
左舞は、だから譜を完全に覚えてなきゃいけないのに、右舞はその必要がない。
右舞にしといたほうが楽そうなんて思う。
練習を始めて1ヶ月、村田さんはあんまり練習に来ない。
山中さんは、どうもやる気がない。
覚え具合もだからまちまち。
私はもう全然駄目。
付いて行くのがやっとというか、全然頭に入らない。
でもま良いか。
練習だけだしね。
今日は稽古が終わって、笹山さんが。
「もう練習は後3回、村田さんは仕事が忙しいので、あんまり練習できないから本番は無理というこっちゃ。
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