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そしてその年、持統天皇が譲位して、文武天皇が即位する。
文武天皇15歳のときです。
奈良時代以降になれば、若いどころか、まだ幼児の天皇も登場するが、奈良時代までは、天皇が実権を持っていた時代、即ち天皇が実際に政治を行っていた時代です。
だから、この15歳の即位は珍しいできごとです。
何故それが可能かといえば、持統の存在がそれを許したわけです。
生前譲位というのも、珍しいできごとであり、文武の政治を持統が補佐する、できることによってのみ、このことが可能だったわけです。
しかし、持統の存在があってもなお、スムーズに文武の即位が実現したわけではありません。
懐風藻によれば、高市皇子の死後会議が開かれ、後継問題が話された。
そこで弓削皇子が発言しようとしたのを一喝して、軽皇子を押したのが、葛野王でした。
葛野王は、あの大友皇子の子です。かくて、軽皇子が皇太子に決まったのですが、葛野王の発言は、私は不比等の入知恵としか思えません。
いうなれば、根回しです。葛野王はこの後、正四位、式部卿に任ぜられています。37歳で死んでいますが、もう少し長生きしていれば、もっと出世したと思われます。
不比等はこうして黒子として持統天皇を助けます。
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