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聖武天皇の即位直後その事件はおきる。
といってもつまらない事件です、でも聖武天皇にとっては心の傷となった大事件だったかもしれません。
ことは母、宮子の呼称の問題です。
聖武天皇が詔して、生母宮子を「大夫人」(だいぶにん)と称する。
それに対して、長屋王がなぜ大夫人なのか?皇太夫人の間違いじゃないですかと、言わば文句をつけたのです。
天皇の生母なら皇の字がつくのがあたりまえ、なぜつかないのか?
当然と言えば当然の正論です。
そこで聖武天皇は前の勅を撤回し、「文には”皇太夫人”とし、語には大御祖”(おほみや)とし、先の勅を追い収めて、後の号を分ち下すべし」
大御祖とはいったいなにかよくわからないが、おそらく皇祖母から皇をとったのではないかと考えられる。
というのも大夫人も皇太夫人から皇をとったものと考えられるからです。
どうしても皇と言う字を宮子に付けたくなかった、あるいは付けることに抵抗(自分自身の)があったとしか考えられません。
たしかに宮子は皇族ではありません、藤原不比等の子です。
しかし天皇の母ですからなんら問題はないのに聖武天皇はこだわっています。
何故でしょうか?
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