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11月28,29の2日間にわたり、5人の講師で行われましたが、
私は所要があり、最後の寺崎先生の講座のみ受講しました。
寺崎先生は私の奈良大学の卒業論文の担当の先生であり、
私の卒業論文は度々このブログでも書いていますように
『春日大社成立の諸問題』
そして今回の講演のテーマが『春日大社の創建とその時代』
聞き逃すわけにはいきません。

大体において講演では時間の関係等でそう詳しい話が聞けるわけではありませんので、
なにか一つでも収穫があれば良しと考えねばなりませんが、今回は一つ大きな収穫が
得られました。
それは「東大寺山堺四至図」に対する京大の吉川真司先生の説です。
従来この図面は正確に描かれてはいるが、所詮絵図であり、実測に基づいたわけではなく、
位置関係や所在の確認に役立つ程度と評価されていましたが、
数年前の新薬師寺の金堂の発掘により、その正確性が改めて評価され直したものです。
そして、最近ここに描かれた神地の場所が現在の春日大社の場所と重ならない
のではないかという説が吉川先生から提起されているという話でした。

これは重大な問題を含みます。
もしその場所が違うとすれば春日大社がこの絵図の制作年代にすでにあったと言う説は
退けられることになります。
また発掘によって確認された築地塀が春日大社とは関係なく
この神地のみのものとなります。

私の論文でも、春日大社の成立は神護景雲二年説をとっていましたので、
この説は有力な援護となります。

まだまだ紆余曲折はあるでしょうが、今回の話しは春日大社の成立年代に
大きな波紋を呼ぶものです。
私はまだこの東大出版の『古代荘園図』を読んでいませんので、
是非とも読まなければいけません。
 
もう一つ今回の話しの中で、『日本霊異記』の藤原永手に関する話が紹介されていました。

ご承知のように、聖武天皇を始め、光明皇后、そして孝謙天皇は深く仏教に傾倒していたことはよく知られています。
さらに仲麻呂もまえに紹介した『孤鷹の天』でも描かれているように中国文化に傾倒し、儒学を好んだ人物です。
従って説話集であり資料としての信頼性は低いものの、世間的に永手が仏教にさほど関心を持っていないことが伺われるこの話は、永手こそが、春日社の創立に関わった人物である可能性が非常に高いことを示しています。
今回の話しからも私の春日社の関する見解が大きく間違っていなかったと言えると思います。
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