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例年の通り、東遊び、田楽、細男(せいのう)、猿楽と進んで、雅楽の最初に演目である,振鉾が始まったのは
6時ごろ、もうすっかり日も暮れて、篝火の炎が一段と
明るさを増してきていた。
今年の私は、昨年までのように、うろうろしたり、
雑念に捕らわれる事もなく、ひたすらマスターに貰った
笛を吹くことに集中していた。
それが私の中でのマスターに対する供養とも
思っていた。
今まで私が持っていたプラスティックでできた笛とは
違って、マスターから譲られた笛は100年以上の時を
経た古管だった。
笛は持ち主の癖をその身につけ、他人が吹けば
吹きにくい場合もあるが、なぜかマスターの笛は
私の口にぴったりと馴染み、古管独特の深みのある
澄んだ乾わいた音色を出してくれていた。
今や私と笛は一体と化し私は吹く事に夢中になっていた。
そんな時、「春野さんちょっと楽屋に来てほしいそうやで」という声が聞こえた。
え、楽の途中なのに。
不思議に思いながら楽屋へ行くと。
笹山さんと、楽頭の安倍さんが待っていた。
「おお、来たか。相談なんやが、ちょっと困ったことが起きてな」
「どうしたんですか?」
「いや~宮本が楽屋に入る時足を滑らせて、足を挫いてしまったんや」
楽屋は少し高くなった土段の上に作られている。
だから入る時は少し土の坂を上らなければいけないのだが、草履で傾斜を上るのは意外と難しい。
「え~大丈夫なんですか?」
[うん、病院に行くほどではないんやけど、蘭陵王を舞うのは難しいんや]
「そうなんですか、それは困りましたね」
「そこでや、春野、お前が舞ってくれんか?」
「え!!私がこのおん祭の舞台で蘭陵王を舞う?」
「まさかこんなことを予想してたわけやないけど、この前の総げい古で見せてもらったから、舞は大丈夫や。
他のものというても、後舞えるのは楽頭とわしだけやが、この2人が舞いに回ると、他の配役もすべて代えないといけなくなってくる。
そこで、楽頭とも相談して春野に白羽の矢が立ったということだ。」
舞いたい!!このおん祭の芝舞台の上で蘭陵王を舞えるなんて、文字通り夢にも思っていなかった。
でも正直怖い。舞えるだろうか?
そりゃ、この前の稽古で皆の前でも舞ったし、この3ヶ月
みっちり練習したけれど、この舞台で舞うなんてことは想像もしていない。
初舞台がおん祭というのは余りにも荷が重過ぎる。
でも、このチャンスを逃したくない。
それにこれは、マスターのお導きなのかもしれない。
ぐるぐると頭の中で色んな思いが交錯するなか、マスターの店での練習情景が蘇った。
そして、確かにマスターの顔が「やってごらん、大丈夫」と促しているように感じられた。
「わかりました。やります。やらせてください」
ほとんど無意識に声を出していた。
「良し、頼のんだぞ。さ、もう余り時間がない、着替えてくれ」
もう大和舞が始まっていた。
その次が陵王、確かに躊躇している時間はない。
すぐに着替えにはいった。
ばたばたと着替えて、金帯を締め、撥を持った。
そして最後に面をつける。
雑念がすっと消えていく気がする。
すくっと立ち上がった時、小乱声の音が聞こえてきた。
続いて登場を促すように太鼓の音。
覚悟は決まった。
マスターどうかうまく舞えますように、いえ、きっとうまく舞って見せます。
見守ってください。
小乱声が終わって、太鼓と鞨鼓がドン、テンとなりだす。
おん祭の芝舞台の下、正面に素朴な仮の社が聳え立つ。
不思議なほど落ち着いていた。
それでも大きく深呼吸をして、おもむろに舞台に上がる。
人々のどよめきも、観客の姿も目に入らない。
私の耳には、ただ太鼓と鞨鼓の音のみ。
舞台の中央に進み出る。
800年の昔より、どれだけの人がこの舞台に立ったのだろう。
今、私はその歴史に名を刻む。
舞台は今、私一人のもの。
静かに、力強く、大きく私は舞を始めた。
頭の中はいろんな思いが詰まっているようで、そして又、まったく何も考えてもいない。
ひたすら、舞う。
自然に手足が動く。
意思とは関係なく体が反応していく、そう、あのマスターとの練習の通り体が勝手に動いてくれている。
囀り、無音の世界。
辺りが静寂に包まれ聞こえるのは自分の激しい息遣いと装束の衣擦れの音のみ。
足を立てる、そこで太鼓が入る、そして陵王乱声を吹き鳴らす笛の音。
一転して楽の音に包まれる。
 
中央、本座に戻る。
撥で腰を打つ。
止め手の笛の音。
陵王音取り。
体制を立て直し息を整える。
次は本曲。
まず手を上げる。
それにあわせて笛の音頭が入る。
私の一挙一足に合わせ楽が動き、私が動く。
当曲が終わり入る手、激しい乱声に包まれながら、舞台を降りる。
舞台を降りたとたん、急に心臓が動きを取り戻したように鼓動を打つ。
楽屋に帰った。
「完璧だった。気迫のこもった素晴らしい舞振りだった。ほんとに良くやった、ご苦労様」
笹山さんのその言葉を聴いて、感動が胸に広がっていった。
マスター私、舞いました。夢だったおん祭の舞台で、陵王を舞いました。
見てくださいましたよね。
 
着替えを終わって、楽座に戻って祐介の顔を捜した。
すぐにこちらを向いて笑顔でvサインをしている顔が目に入った。
その顔を見て、体の隅々まで喜びがこみ上げていくような気がする。
それと同時に思わず涙が頬をつたった。
この舞台、舞を誰よりもみてほしかった、そして見たかったのは、マスターなのだ。
 
 
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