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今回は元興寺文化財研究所主催の現地学習会に参加しました。
しかし最近どうも私の天気運が悪く、今回も雨。
おまけに参加者定員は20名と聞いていたのに、ふたを開けると
倍以上の大人数。
少人数でゆっくり話が聞けると思って参加したのに当てが外れました。

今回の現地学習会のテーマは玄昉です。

一応玄昉について少し書いておきます。
玄昉の生年月日は不明ですが、霊亀2年(716年)遣唐使と共に入唐。
その学才は唐の天子にも認められ、3品に準じる紫袈裟の着用を許されたほどです。
天平7年(735)帰国にあたっては仏教の経典及びその注釈書5千余巻、
各種の仏像を日本にもたらし、その功績により日本でも唐と同じく紫の袈裟を
許され僧正に任じられています。
さらには、天平9年、聖武天皇の母である宮子夫人は出産以来永い気鬱に悩まされ
常人らしい行動をとれず出産以来、子である天皇にも会ったことがないという状態でしたが
玄昉が看病するやたちまち回復したと言われています。
こうして聖武天皇、光明皇后の厚い信頼を得、さらには同じ遣唐使であった
吉備真備を通じ時の権力者右大臣橘諸兄にも重用されることになります。
このことが橘諸兄と権力争いをしていた藤原一族を敵に回す結果となり
宇合の子である式家の広嗣が左遷先の九州から玄昉、
吉備真備を除くよう上表文を提出し、それが認められぬとしるや
反乱軍を起こし、結果広嗣は撃たれてしまいます。
反乱の汚名を被って撃たれた広嗣はやがて怨霊となります。

その後権力争いの犠牲となり玄昉が築紫に配せられ
観世音寺の落成式に臨んだ時急死します。
世の人は是を広嗣の祟りし、雲の中より現れた広嗣の霊が玄昉の体をつかみ
奈良の地に飛散させ、その首は頭塔に、腕は肘塚町に、眉と目は大豆山町に
飛来させたという伝説がうまれます。
 

 

 
  今回の現地学習会はこのうち、眉目が飛来したという大豆山町、
胴体が埋められたという胴塚、そして眉間寺を訪ねます。
 
講師は元興寺文化財研究所の狭川副所長。

最初に訪れたのは念仏寺。
一般に山の寺の通称で知られています。
袋中上人が伏見城代松平定勝から扶持を受け堂宇を建立したとあります。

やすらぎの道を漢国神社を素通りして東門から入りましたが、
 奥で開化天皇陵と接しています。
塀越しの見えるのが開化天皇陵で、かってはこの御陵も境内であり、
袋中上人がこの陵の中腹に庵をむすび
山を眉目山と呼んでいたそうです。
ここでまず最初の玄昉眉目山が出てきます。

次に訪れたのが大豆山(まめやま)にある崇徳寺。
このお寺の裏庭に玄昉の眉目塚があります。

この祠や五輪塔は後世のもので、今回の目的は見たところ
何の変哲もない、やや小高くなった塚らしき小山です。
これが今回の玄昉ゆかりの眉目塚だそうです。
ここから方向を北にとり、東大寺の転害門を目指します。

東大寺の西大門と八坂神社の中間あたり、街の片隅に
この玄昉胴塚があり、その場所に弁財天が祀られています。
 

そこからさらに北、今度は多聞城跡を訪ねます。
この小高くなった崖の上がかって多聞城が築かれたところです。


  
 最後の訪問地、聖武天皇・光明皇后陵はこの多聞城と
連なっています。
しかし目的はこの御陵ではなく、かって聖武陵を弔うために
あったという眉間寺です。
現在は御陵への参道となっていますがこの道は実はかっての眉間寺の参道で
現在の聖武陵の中腹に眉間寺がありましたが、明治の廃仏毀釈で
現在は跡形もありません。

こうして玄昉の体がばらばらになって飛散して落ちたと言う
伝説の地を回りましたが、なぜこういう伝説ができたのか?
その理由を今回の講師である狭川氏はこう解釈しています。
今回の見学会では訪れませんでしたが元興寺の研究所のある場所が、
体の内、腕が落ちたという、肘塚町、
そして玄昉の頭が埋められているという伝説がある頭塔。
更にまだ確定できていませんが、もう1か所西城戸にある厳島神社。
今回の訪問地である眉目塚、胴塚と合わせ5か所、これを線で結んだ
結界を作ったという説を唱えられています。
どいう結界かと言うと、興福寺の周りを取り囲み、
興福寺を怨霊から守るというわけです。
この5か所を線で結ぶと丁度興福寺の中心である中金堂あたり
になります。
怨霊思想は一応奈良時代にはまだなかったと言いますが、
この結界はおそらく平安時代に入ってからと考えられます。
大変興味ある考え方ですが、まだ確立されたわけではなく
これから一層の検証が必要で今回の見学会でまた新たな課題が見つかりました。
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